缶を捨てよ、町へ出よう
夕立のあとの急に明るくなるあの感じがとても好きだ。
空気中のホコリやなんかも地面に落ちて辺りが透き通って見える。
そんな時はいつも「あ~どっかに出かけてえな」と思いながら缶ビールを片手に家の近所を歩き回っている。これを自分の中ではパトロールと呼んでいる。
つい先日も夕立があり同じような気持ちになったので、いつものように缶ビールを買った。それを飲みながら家の周りをパトロールしていたのだが、ふとあることに気付いた。
これって、どこにもでかけてねえじゃねえか
そう、ただ雨上がりを理由にしてビールを飲んでいるだけの自分に気付いたのである。
僕にとってこれは由々しき事態なのだ。
それはなぜかと言うと、「どこかに出かけたい」という気持ちをビールで落ち着かせ自分の脳みその中で完結させているからだ。つまり、結局何も感じることなくどんどん自分の幅を狭めているのが怖いのだ。
これが慢性化した先には、ガイドブックを読んだだけで旅行に行った気になったりするのだろう。この状態を名づけるなら、脳内トラベラーか。いや、ちょっとカッコ良すぎるので、初老系男子とでも名付けておこう。そうはなりたくないもんじゃ・・・
で、そんなことを考えていたら、小学校5年生のある一日を思い出した。
まだビールの味も知らず、どこにでもチャリンコで出かけていく好奇心旺盛な「男子」だった頃の話である。
岡山県のド田舎で暮らしていた僕らの遊び場と言えば、山やら川やら野っぱらであった。夏のある日、いつものように仲の良い友達D君とM君、僕の3人で山で遊んでいるとボロボロの立て看板を発見した。
その看板には「ハイキングコース ←初心者・上級者→」と書かれていた。
こんな手入れもされていない山に、ボロボロの立て看板。さらに難易度が選択制になっている。当然、僕たち3人は、目を輝かせた。スタンド・バイミー状態である。
その看板を前に僕たちは、あれこれ想像を働かせ話し合った。
その結果、上級者コースを選び山をいくつも超え、たどり着いた謎の町で見たことのないお菓子やら民芸品的な何かを買ってこようという結論に至った。
3人はもはやスタンド・バイミーを超えて、未知の大陸を目指す冒険家状態になっていたのだ。そう、そのままの意味でコロンブスの卵と化していた。
で、その日は3人ともお金を持っていなかったので、出直して翌日出発することになった。
その翌日というのは土曜日で授業が昼で終わるのだった。
帰宅後、いくらか小銭の入ったマジックテープの財布と銀色の水筒に麦茶を入れて僕は集合場所であるハイキングコース入口へと急いだ。
3人が揃い、いよいよ出発の時がやってきた。
僕らはそれはもう凄い期待と興奮に包まれていた。
どれくらい興奮していたかと言うと、D君はイノシシ撃退用に父親の木製バットを握りしめ、M君は栄養補給のためにわらび餅を持参するくらいにである。かく言う僕も、駄菓子屋で売っているビニール容器に入ったコーラ味の変なジュースを4本リュックの中に入れていた。
ハイキングコースは一応道になってはいたが、人が通っていないためところどころ獣道のようなところもあった。急な登り坂やちょっとした崖の岩を手でつかみながら登るところなんかもあり、上級者向けを実感し3人はいっそう喜んだ。
冒険を始めてから2時間以上が経ち、山を2つ程超えた頃、田舎のコロンブス3人衆といえどさすがに疲労が溜まり始めていた。そして何より暑く喉が渇いた。とっくの昔に皆の水筒は空である。ちなみに僕のジュースも最初の休憩でM君のわらび餅と共になくなっていた。そして、いつの間にかD君の手から護身用のバットも消えていた・・・
それでもなんとか互いを励まし合い、3つ目の山を超えたとき、目の前の景色がどんどん開けてきた。そう、ハイキングコースのゴールが近づいてきたのだった。
やっと謎の町についた、見たことのないようなお菓子たちに会える!と、 嬉々として猿のように山道を駆け下りた僕たちが目にしたのは、田園だった・・・
恐らく、玉置浩二も幼少期に同じ経験をしてあの名曲が生まれたに違いない。
夏の日差しの中、あぜ道をトボトボと歩く絶望コロンブスたち。
しかし、少し歩いていると、舗装された道に出ることができた。
そして、その道を進んでいると一軒の商店を発見した。で、僕たちはそこで自分たちの町でも見たことのあるアイスクリームを買って食べたのだった。
この話しはこれで終わりではない。
そう、来ちゃったからには帰らなければならないのだ。。。
もうあの地獄のハイキングコースを戻る体力は残っていなかった。
親に助けを求めようにも公衆電話なんて見当たらない田舎。
絶望的だった。。。
3人で頭を抱えているとD君がある案を思いついた。僕とM君はその案にすぐさま賛同したのだった。
その案とは、ヒッチハイクである。
なぜ、小学生がそんな案をと思うだろうが、当時は電波少年が人気真っ只中だったため、みんなヒッチハイクを知っており、なんなら少し興味を持っていたのだ。
早速、車の通りが多い道に移動して、3人して親指を天高く掲げて待つことにした。
車の通りが多いと言っても田舎なので、調子が良くて30分に1台くらいの割合だが・・
車が通るたびに親指を立てて「乗せてくれ~」なんて叫んでいたが、誰も止まってはくれない。それは当然のことで、どう見ても地元の馬鹿な子供たちが電波少年の真似事をして遊んでいるようにしか見えないのだ。
3台ほど見送ってこのままでは駄目だと思った僕たちは、もっと悲壮感を漂わせアピールしなければという結論に至った。
で、その時考えたアピール作戦とはこんな内容だった。
【その1】
瀕死アピール作戦
3人ともうつ伏せに寝っ転がって右手を伸ばし、親指を立てる。
(ウルトラマンが飛んでいるみたいな恰好)
結果
前衛的な遊びと勘違いされ、ヒッチハイクだと気付かれることもなく失敗。
【その2】
友達が大ケガしたんです作戦
三人四脚の要領で、真ん中の人が左右2人の肩を借りて足を引きずりながら歩く。
左右の2人は真ん中の人を励まし、真ん中の人は泣きながら友達の肩越しに腕を伸ばし親指を立てる
結果
泣きながら親指を立てているので、ただの突き指と判断され失敗
【その3】
接触事故を装う作戦
車が通り過ぎる直前に3人ともスッ転んで倒れる。
それによって運転手は「え?今もしかして当たったの!?」となり、強制的に止まらせる。
結果
運転手がその奇行に恐怖を感じ、さらに速度を上げて走り去り失敗
・・・アピール作戦は全て失敗に終わったのだった。
日も傾き始め、いよいよ本当に帰れないかもしれないという焦りが3人に漂い始めた時、M君が新たな作戦を考え付いた。
まさかこの作戦が僕たち3人を救うことになるとは・・・
その作戦はこんな内容だった。
僕たちがヒッチハイクをしていた道の横には、深さ・幅共に1.3メートルほどで水深も40cmくらいある用水路が流れていた。
で、3人で並んで歩いていると突然1人が足を滑らせてその用水路に落ちてしまい、慌てた二人が救助しようとするが持ち上がらない。
それを見た大人が心配して助けてくれる。
で、この流れを車が前方に確認できたときに発動するという筋書きだ。
もはやヒッチハイクではない・・・
しかし、もう手段を選んでいる場合ではなかったため、D君も僕も賛同しこの作戦を実施することにした。
川に落ちる役は、ジャンケンで負けたD君が担うことになった。
そして、準備が整い待つこと数分後、前方から白い軽自動車が走ってきた。
僕たちは打ち合わせ通り3人横並びに歩き始め、頃合いを見計らってD君に「いけ!」と声を掛けた。その瞬間、潔く水泳の飛び込みよろしく用水路に飛び込むD君。しぶきが道路にまで届く勢いだった。
あまりの馬鹿らしさに笑い死にそうになったが、なんとか「ヤバい!と、友達が用水路に足を滑らせて落ちちゃったよ~」という演技をしながらチラチラと近づいてくる車を確認していた。
すると、なんと僕たちの目の前で車が止まり、ばあさんが降りてきたのだ。
心の中で「やった~!」と叫びながら、ばあさんに「すみません、友達を引っ張りだすのを手伝ってください」と声をかける僕とM君。
ばあさんも何がなんだかわからないが、こりゃ一大事とばかりに走って駆け付けてくれた。
そして、用水路の中のD君を見て、ばあさんが放った一言にみんな唖然としたのであった。
え、D?あんたこんなとこで何をしとるんかね!
まさかの展開だが、そのばあさんはD君のばあさんだったのだ。
実は、僕たちが行き着いた場所というのはD君のばあさんの家の近くで、買い物帰りにたまたま通りがかったところだったのだ。
僕たちの冒険は強制送還によって幕を閉じた。
・・・D君、飛び込まなくてもよかったんじゃないか、、、